大きなかめの中から、茶碗に汲んで飲むどぶろくは、清酒とは一味違った風味で親しまれておりました。
にごり酒ともよばれるように、むし米にこうじと水を加えてもろみにしたもので、(こしたものが清酒)酒の無い時は、冠婚葬祭は勿論のこと、日常のお客にもお茶代わりに勧めました。
産婦は、これを飲むと乳の出が良くなり、髪につけるとつやも出ます。村の人は「どぶ」といって、この造りの上手、下手が近所の交際ににも影響します。
周作は、十代の時に上志文の酒造店に奉公に行っていましたから、この方の年季はかなりのものです。いつも、おいしいどぶを造っているので、飲ん兵えの客の絶えまがありません。
巡査駐在所のおまわりも愛好家の一人です。自転車に乗って巡回のつど、周作のところへ寄ります。「おかゆは、よくたけとるか。」といって入って来ます。「旦那、ちょうどおととい炊いたのが、いい味になっているんで」と大どんぶりに一杯出します。
その頃でも、酒の自家製造は禁止されていましたから、あまり大ぴらという訳にはいきません。密造酒をさがすのは、税務署の役人です。
この動きがあれば、事前に駐在は「明日、入るから……かくしておけよ」といって来ます。
周作のところでは、わらにおの奥へ押し込んだり、馬のかいばの中へ入れます。ある夜、この匂いにつられて、しゃにむに飛び出した馬がかめの底まで飲んでしまい、二日も腰が立たなかったこともありました。
信三の家では、前日留守だったので駐在の話が届いておらず、酒役人が不意に来ました。信三は、とっさに女房に「かめを抱いて寝れ」といってから玄関へ出て行きました。
「どぶは無いだろうな」
「えゝ、そんなものは」
「では、見さしてもらうで」
二人がすぐ家の中へ入って来ました。奥の部屋から
「うん、うん」
うなる声が聞こえます。
「女房が、お産なもんで」
と信三が頭をかくと、そそくさと役人は退散して行きました。
嫁をもらう、家の建前だ、お祭りが近い、そんな行事に日数を合わせ、どぶを仕込みます。その度に、駐在が招待され、どんちゃん騒ぎです。
よし子の立ち振るまいの帰り、一升瓶に詰めたおみやげをもらい、自転車でほどよくゆられたものですから、天井に向かって破裂し(発酵して膨張したものですから、瓶の栓が飛んでしまい)駐在所の部屋中が真っ白となり、しばらく女房の小言が続きました。
今日は、志文の学校の落成式です。校下、挙げてのお祝いで、何日も前から周到な準備がなされました。宴会用のどぶの要請は、当然、周作のところです。
心魂込めて仕込んだ、いくつもの桶を馬橇に積んで新教室へ運びました。手伝いの下戸が匂いにダウンする、てんやわんやの騒ぎです。
宴会の席についた町長はじめ、偉い来賓諸公も「どぶ」が出て来たので、相好をくずしました。駐在も、ふくみ笑いで、コップをあけています。
議員さんが「どぶろく万歳」と大声をあげました。
注
志文の巡査駐在所は、明治39年に置かれ現在地よりもっと西側にありました。
文中の古語の意
わらにお=わら(稲、麦の茎を干したもの)高く積みあげたもの。
かいば=馬や牛に与える食糧
もろみ=醸造してまだかすをこさない酒やしょうゆ
かめ=液体などを入れる陶製の容器
桶=水などを入れる木製の容器
下戸=酒のきらいな人、又は弱い人
どぶろく=自家製造は現在も厳禁されています。念のため。
皆さん、『どぶろくと駐在』いかがでしたか?。
次の民話はとんでん開拓と兵隊婆さんです。お楽しみ下さい。
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