北海道の開発が国の急務となり、開拓使を設置して、内地からの移住には特別の保護政策がとられる様になりました。
舟賃無償、陸路6里以内の運賃もただ、食費、食糧も貸与され、返納は現物又は現金で20年賦、7年間は無利子、3間に5間の掘立住宅が与えられるなどの方法で移民を奨励したのです。
樹海と表現されるように、樹とクマ笹におおわれたこの地方も人々がじょじょに移り住んで開拓されるようになりました。
楡、たも、えんじゅの木が10間程もそびえ立っております。
直径4・5尺もの大木が続々と倒されて、山に盛り上げ火をつけて燃します。
切り株と切り株の間をたがやして、いもやとうきび、そばなどを播くのです。
入植後3年以内に3町歩の開墾が義務づけられていましたから、不眠不休の労働が続き、冬の深雪の中も、伐木に精をだしました。
人家が多くなっても野性の動物は遠慮なく闊歩し、きつね、兎、鹿などが農作物を食い荒らすこともあり、時たま「オヤジ」といって、一番おそれている熊が姿を現わしてびっくりさせられます。
ある秋の満月も近い夜中、馬屋の方で「バリーン」と板の割れる音がするので、家人がおそるおそる窓のむしろを上げて、小とぼしをかざして見ると、一頭の熊が、その一げきで倒した馬の前足を肩にかけ、後足を引きずって逃げていく場景にあぜんとしたとも言われています。
日常の食物は、麦、いも、かぼちゃ、とうきびなどで、幸いにも春は沢山のニシンがとれ、秋には鮭が河にのぼってき、野山には兎が繁殖して栄養源にはこと欠かなかったのです。
だから、婦人達は大根とキャベツの塩漬に、コウジとニシンをあしらったニシン漬、タラと大根を煮込んだ三平汁、鮭と野菜を組みあわせた鍋料理に腕をふるったものです。
春のまきつけ、秋のとり入れなどの部分的な農作業は、大勢の人の共同で片付けることが多かったし、家を建てる、井戸を掘る、排水溝を作るといったようなことも、同郷の者あるいは親せきの者が集まって、お互いに手伝いあったものでした。
そんな時のごちそうは、きまって塩で固めた鮭と手打ちそばでした。
今日は、久五郎のいも堀りの最後です。手伝いにきた大勢が喜々として、こまめに動いています。
誰もが、夜のごちそうに、兎が食べられると内心楽しみにしていたからです。
久五郎は、この辺一番の鉄砲の名人で、来客があると必ず「ちょと獲ってくるで」と言って、鉄砲をかついで出ていくと、小一時間もしないうちに、腰に獲物をぶら下げて帰ってくるからです。
その腕前は、かなり広範囲に広まっていましたから、「オヤジ(熊)」が出たといえば、必ず何人かの猟師を指揮して熊うちに向かいました。
ですから、彼は仕事の合間をみては、かなり高価な火薬を、札幌の薬種屋へ馬で買いにでかけたり、鉛を自分で溶かして鋳型にはめて、実弾作りをするのでした。
夕暮、作業の終りも近づいた頃、あんのじょう、久五郎は愛銃をさすりながら山の方へ向かいました。
彼の腕もさることながら、兎の習性と地理をよくわきまえているものですから、たちまちみつかってしまいます。
一匹を仕止めて、
「さあ帰ろう、みんな待ちくたびれているかもしれん……。」
そう思いながら引き返そうとしました。
けれど、秋の落日は、つるべ落しです。高い木に囲まれて、急にまっ暗になり、方角を見失って、反対の方へ歩いていったのです。
「間違ったな」と気づいた時は、かなり歩いていました。
かすかに、樹林の間から、茜色が一線、低く糸を張ったようにちらつきました。
その西の方へ向きをかえると夢中でした。
ようやく、家へ通じる道に出るともう安心です。
と、その時、目の前に何か大きな黒い固まりが動いたようでした。
「熊だ!」
肩から鉄砲を取る瞬間、兎の血の匂いに向かって突進してきた黒い物体の、その丸太棒のような前足が、久五郎の頭の上に振りおろされました。
「ダーン」
鉄砲の炸裂音が、闇の静寂を引きさくように響きわたりました。
熊は一直線に茂みの中へ姿を消しましたが、久五郎はそのまま気を失ってしまいました。
家で待っていた大勢の者が、かすかに聞こえた鉄砲の音と、少し時間がおそいのを心配していろりの中から取り出した、たいまつがわりの薪を持って探しにでかけました。
幸い命は取りとめましたが、鋭利な爪で頭を斜めにえぐられたものですから、かなりの重症でした。
一方、弾を打ち込まれたオヤジは、点々と笹の葉に血を残し逃げ続けていましたが、手負いの熊の狂暴性をよく知っている猟師達は、より抜きを近隣から集め、追い続けました。オヤジ は3日目に、もう精根つきはてて、谷間にうずくまっているのを発見され、息の根を止められてしまいまし
(注)
久五郎は、私の祖父です。
熊との出合いは、現在の家から2百メートル位離れたところです。その時の傷が原因で半年後亡くなりました。
皆さん、『おやじ(熊)物語』いかがでしたか?。
次の民話は金志貯水池物語です。お楽しみ下さい。
トップページへもどる
岩見沢の民話のホームページへもどる
私のいわみざわへもどる