いまの玉泉園をすこし東山峠の方に行った右側の丘陵地にこの付近で一番早く雪の融ける広い小高い斜面があります。丘の下にはきれいな小川が流れ、アイヌ達はポントネベツと名付けていました。
ポントネベツは美しい小石(今のヂャスパーでした)のたくさんある小川で、よく鹿や小鳥が遊びに来ていました。
アイヌ達はその広い小高い斜面に「やじり」などをつくる小屋を建てていました。
何人かの若者はそこでつくった「やじり」を持って近くの山に狩りに出かけ、たくさんの獲物を色々手がけて毛皮などをつくるのでした。
そのポントネベツに落ちこむ小さな小川にはザリガニや緋どじょうがたくさんあそんでいました。
或る日、若い酋長のむすこが昼休みにザリガニを採りに川の落口へ行って、あちこちと小石をかえしてたくさんのザリガニをとっていました。すると黄金色をしたザリガニが見つかりました。
彼は喜んで持って帰り、仕事を休んでいた若者をあつめて見せました。その時黄金色をしたザリガニがいいました。
「若い酋長さま、私を助けて下さい。そしてあの小川であそぶザリガニや緋どじょうをとらないで下さい」
「そのお礼にどんなに雨が降らなくともポントネベツの水はかれることがないでしょう。又百年の間雨が降らなくともこの小川の水はかれることがないでしょう。」
といいました。
然し若い酋長のむすこは
「いやその位のことでお前は許してやることは出来ないぞ。もっとよいものを出さなければだめだ。」
といいました。黄金色のザリガニは
「それでは若い酋長さまあなたが毎日とっておられた魚の数だけこの小川に金の砂を流してあげましよう。」
といいました。そこで若い酋長のむすこは、黄金色のザリガニとかたい約束をして放してやりました。
その後、この地方に入って来た和人がこの沢の魚をとると必ず砂金がついていました。和人はあらそって魚をとって砂金をあつめました。いつかこの沢を砂金沢と呼ぶようになりました。
和人はわれも、われもとこの沢に入って魚をとりました。そしてとうとうすべての魚をとりつくしてしまいました。
その時にはもうどこを捜しても砂金は見当らなくなりました。そして今までたくさんおよいでいた魚もザリガニも緋どじょうもいなくなりました。
いつかアイヌ族も狩に来ることもなくなり、唯小さな小川のせせらぎがあるだけになってしまいました。
砂金沢物語は古い時代の人々が語り伝えたお話です。
皆さん、『砂金沢物語』いかがでしたか?。
次の民話は恋沼物語です。お楽しみ下さい。
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