明治22年市来知集治監の囚人の手により、岩見沢駅より、夕張炭山に通ずる幌向川までの道路がつけられ、志文原野開発の端緒が開かれたのです。
23年宮本銀松家他2家族が元組に移住し、原始林の伐木に着手しました。
志文部落最初の移住者でした。
ついで25年に辻村直四郎が100余町歩の開墾を志し入植しました。
部落名を在来アイヌ語の「シュウプンベツ」と命名しました。
この「志文」の2字については、こんな話があります。
直四郎が、
「俺は土に志したが子供に一人ぐらい文に志すものもいて欲しい」
との願いが込められていたとのことです。長女の辻村もと子が、短歌をたしなんだ母−梅路、叔父の文人中村星湖の血を受けて文才を発揮している時でもありました……。
第一回の樋口一葉賞を受けた小説“馬追原野”は、父直四郎の開拓日誌を基にして、その馬追の開拓を果たし、翌年幌向川のほとり(現在地)に移るところで終わっています。
42歳の生涯だっただけに、続編の志文開拓の様子が、日の目を見なかったのが残念です。
「今年の雪解けは早く、3月の終りにはどこの道もすっかり乾いていたが、この夕張道路は、粘土質のために、4月になってもひどくぬかっていた。
岩見沢から小一里もきたところであろう。
道はやっと目先のきかぬ樹林地を出て、明る小高い草原地にかかった。
やや斜めに傾いた春の陽がさんさんと道の右手にひろがる未開の石狩平野にあふれていた。
その遠く空につらなるあたりは、さっき汽車で迂回してきた江別あたりであろうか、石狩川の水が湖面のように白く光っていた。
幌向川にかかった皮もはいでいない釣橋のたもとに、掘立小屋同然な茶店があった……。」
辻村一家が原始さながらの生活にもひるまず、開墾を続けていたが、しだいに小作人として入植するものも増えてきます。
うっそうと茂った大森林が次から次へ倒されてゆきます。
直四郎は、消えゆく大自然を保存したいと思いました。
住宅のある1町5反歩をそのままの形で残すことにしました。
また、小作人達にも由緒ある樹木は、許可なく伐らないようにしたのです。ですから、樹齢何100年の木がぽつんと畑に立っていると、
「ああ、あのにれは誰の家だ。」
とわかります。
昔は、この樹木を目じるしにして歩いたともいわれ、道路をつけてもわざわざ廻り道をして木を残しました。
5年後には、30数戸の小作人によって、最初希望した100余町歩の開拓が見事になされ、立派な畑として生まれ変わりました。辻村農場として完成したのです。
与作は、何年かおくれて入植した部類です。
まだ、みんなとの協調がうまくゆきません。
彼は時たま、
「俺はならず者のはてだ。」
とうそぶいて大きい事をいったり、荒い気性を態度に出したりします。
たいていの小作人達は、地主である直四郎をみると、何間も手前から深々と頭を下げて
「だんな様、お早うございます。今日はよい天気で」
ともみ手をして挨拶をしますが、与作にはそんなひ屈なところが、まるでありません。
人は皆平等と思っています。与作の畑に一本のナラの木が残っています。
直径4、5尺もある見事なものですから、きることが許可されません。しかし、作業にも邪魔になりますし、陽かげになる作物はよい生育をしません。
いつか折りあればきってしまおうと思っていました。
今日は、町会議員の旦那は、札幌へ出向いて留守です。
頃合いよし、と与作は大きな鋸で引き始めました。
何せ大人が4人程手をつないで、ようやくとどくような大木ですから、きるのにも時間がかかります。
それに、普通なら“ちょうな”で切口をけずるのですが、そのかん高い響きで、たちまちばれてしまうものですから、鋸だけでやっていますと、木の重みでどうもうまくいきません。
あせればあせる程、時間ばかりたってゆきます。
そのうち用事を早くすませた直四郎が帰ってきました。
早速、農場見廻りに馬でやってきますと、鋸の音が聞こえます。
「こら与作、その木は駄目だっちゅうに。」
与作はもう度胸を決めました。
「形あるものは必ずこわれる。年とった木は必ず倒れる。」
口の中でぶつぶついいつつ手を止めません。
旦那が馬からおりて近づいてきます。
「旦那!近づいたらあぶないどう、そっちへ向かってひっくり返るで。」
与作はありったけの声で叫びました。旦那はびくっと立ち止まりましたが、そんなに急に倒れそうにもありません。
そのうち、旦那の顔がくずれました。
「なんだ与作、ちょうなも使わず、たいそうしおって、なんと、お前としたもんが……。」
こういい終わると「ハッハッハ」と大声で笑いだしました。
与作も手を止めて
「ヘッヘッヘ」
と額の汗をこぶしでぬぐい、てれ笑いです。
静かに夕暮がせまっていました。
(注)
開拓初代はすでにこの世にはなく、二代も影をうすめつつある現在、古い過去のことがらは、歴史の部分に入ろうしております。
この昔日の哀歓をたぐりよせて、ふるさとの心を見い出したいと思います。
皆さん、『辻村農場物語』いかがでしたか?。
次の民話は冷水墓地物語です。お楽しみ下さい。
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