元次郎は、夜中に小便がしたくて掘立小屋を出ました。中秋の満月から幾日か経っていましたから冷気が肌にささります。風があるのか熊笹の葉ずれの音がします。
用を足して家へ入ろうとすると“ザァーツ”という音が遠くから聞こえ、それがこだまとなって又聞こえます。木が倒れる音でした。
その頃、のこやまさかりで木を切り開墾しましたが、何尺もある大木はなかなかの労力を費やしますから根元の皮を二寸位の深さに削っておきます。栄養を吸うことのできなくなった木はその年に枯れ、二、三年のうちに完全に枯木となりますから、それを倒し火をつけて燃やします。その枯木の倒れる音を偶然に元次郎は耳にしたのです。しばらく耳を澄ましていました。その時、突然奇怪な声が森閑とした樹林に響き渡りました。
「バーオー、バーオー。」その声は牛の鳴き声にまるで似ています。「ヤチベコだ。」元次郎は身をすぼめました。「バアホー、マーオー。」もの悲しく不気味にこだまします。
「ヤチベコが鳴くと、不幸が来る。」とのいい伝えが残っていますが、夜陰に飛来するものですからまだ姿を見たものはいません。しばらく元次郎は寒さを忘れ身じろぎもせずその声に聞き入っていましたが、やがて飛び去って行きました。「何か起こらなければよいが。」の願いもむなしく、その悪い予感が次の日適中してしまったのです。
仁助はその日の昼から俵につめた豆を馬車に積んで町の雑こく屋に売りに出かけました。思ったよりも高い値がついたものですから家へのみやげをどっさり買い込み、自分もコップ酒を何杯かあおって鼻唄機嫌で馬にゆられていました。そのうちにすっかり寝込んでしまい鉄道踏切に近づいたのも判りません。林のトンネルをくぐり抜けるように万字行きの列車が急に近づいて来ました。
馬はびっくりして向きを左にかえると線路の上を汽車に追われるように走り出しました。
仁助は、草むらにいきおいよく放り出されました。
「ガラガラ、ガ、ガラ。」夕暮の静寂を引きさいたこの異様な物音に農作業の人々はりつ然として線路の方を見やりました。「ボーツ。」汽笛を一きわ高く鳴らして汽車は急ブレーキをかけたようでしたが、馬車はふっ飛び馬もかなり引きずられてしまいました。
仁助は、打ち身程度でしたが、大事な馬を亡くし、その上汽車の損害弁償などの痛手は大変なものでした。
注
ヤチベコの鳴き声を熊と間違ったともいいます。タカに似た大きな鳥のようですが、文献等で調べても判りませんでした。
皆さん、『ヤチベコ物語』いかがでしたか?。
次の民話はあかだもと白蛇です。お楽しみ下さい。
トップページへもどる
岩見沢の民話のホームページへもどる
私のいわみざわへもどる